「ゴッドファーザーPARTⅡ」にキューバ革命のシーンがあります。

そのシーンが来ると、「このシーンと同じ時間軸にカストロやチェ・ゲバラがいるんだなあ」なんて全然関係ない事を考えてしまいます。

いわゆる「アラブの春」なんかの映像がニュースで流れて、そこで喜ぶ人達をみると僕は

「この人たちは次の日どうなるんだろう?」

と思います。

「最悪明日は店閉めたとして、まああさっても休みでいいか、でもいずれは働かないとな、俺も生きてかないといけないし」

みたいなクールさを、きっと心のどこかにもってたり、またいずれ持たなくてはいけないのでしょう。

思えば日本だって江戸幕府が終わっていきなり「文明開化だ―!」みたいになったわけではないですしね。

革命後の、なんか、そんな、よくわかんない、政治的空白な彼らの数日間を思うと、僕はなんかドキドキします。

小学生の頃、台風で朝からすっごい暴風雨。「こりゃあ連絡網くんじゃねえかな。今日休みって。」なんて思いながら朝食を食べ、電話が鳴るのを待つ。

そんな感覚にもちょっと似ています、不謹慎かもしれませんが。

当日になっていきなり仕事が無くなった日、ぽっかり空いた昼間に、晴れた町を近所のコンビニまで歩いている時に、そんな感覚に襲われます。

僕はそれを「歴史的空白」と呼んでいます。(別に全然「歴史的」じゃないんですが・・)


そして今、タイが水浸しです。


革命と水浸し。

この二つで僕が連想するのは山本直樹さんの漫画「僕らはみんな生きている」です。

アジアにある発展途上国タルキスタン(架空の国)に日本のサラリーマンが出張に行くというお話です。

残念ながら、本が手元にないのですが確かこんなシーンがありました。


主人公が現地の妖しいそして魅力的な女性、セーナに出会います。

(たしか雨期で)町中が水浸しになった深夜、主人公が外に出ると、彼女が水浴びをしています。

彼らは膝まで水に浸かりながら、外でセックスをします。

そして朝主人公が目覚めると彼女はいなくなっていました。


僕はこのシーンがとっても好きです、なんだか不思議で、とても切なくて。

朝起きて、昨夜の膝までの水、浮かんでいた月、彼女の美しさ、あまりにも幻想的で、まるで全てが夢だったんじゃないか?

読んでいる僕らにさえもそう思わせる、そんな素敵なシーンです。


興味がございましたら、ぜひ御一読ください。

僕もまた読みたくなっちゃいました・・

それでは