2013年01月

裏切りのサーカス コレクターズ・エディション [Blu-ray]
裏切りのサーカス コレクターズ・エディション [Blu-ray]

静かでいい映画でした。

品がありました。

イギリスの良さを感じました。イギリスの事はよく分かりませんが、とにかくそう思いました。

ロシアのスパイ役で出演していたスヴェトラーナ・コドチェンコワという女優さんがとっても美しかったです。



「華麗なるギャツビー」の新しい予告編を観ました。



楽しみ。

登場人物にジョーダン・ベイカーという主人公(ギャツビーではなく)と親しくなる女の人がいます。

小説で読んでいて、僕はそのジョーダン・ベイカーが好きになりました。

クールで、他人と少し距離を置いて付き合う所が素敵です。ゴルファーでしなやかな体をしています。

この映画でこの役は、エリザベス・デビッキという女優さんが大抜擢されたそうです。

楽しみです。



金子信雄さんと加藤嘉さんの演技がみたくなって

座頭市血笑旅 [DVD]

座頭市血笑旅 [DVD]

を観ました。

(どちらの方もドラマ「白い巨塔」を観て好きになりました。)

金子信雄さんは声が好きです。

加藤嘉さんは短い登場時間ながらも、しっかり存在感と説得力を見せるところがすごいです。


久しぶりに時代劇を観ようと思ったのは

仲代達矢が語る 日本映画黄金時代 (PHP新書)
仲代達矢が語る 日本映画黄金時代 (PHP新書)

これを読んだからです。

春日太一さんの本はどれも面白いです。

まだ読んでいなかった

時代劇の作り方 プロデューサー能村庸一の場合
時代劇の作り方 プロデューサー能村庸一の場合

こちらも読んでみることにしました。

僕は小さい頃、時代劇をテレビや映画でみた記憶がほとんどありません。

家に祖父母がいなかっことが理由の一つかもしれませんが。

今になって「もっと観ておけばよかった」と後悔しなくもありません。



知り合いのお母様がお茶(茶道)をやっていらして、その方のお茶の話が興味深かったので

茶の本 (岩波文庫)
茶の本 (岩波文庫)

読んでみました。

まだ途中ですが、茶道というものがここまで総合芸術、というか総合人間教育というものだとは思いませんでした。

人間としての大切な要素がすべて詰まっている気がしました。







少し変な話になりますが・・

あらゆる行動の出発点は「自分」であるべきだと思います。

もちろん他人や、ある出来事がきっかけで何かをする、ということはあります。

しかしそういう場合でも、自分でするしないを「選び」「決めた」という確かな実感や責任がないと、あまり良い結果にはならないし、もしうまくいっても満足感や充足感が得られないような気がします。

僕自身ここ最近、その出発点が少し「自分」という場所から外れていた感がありました。

もちろんこれは今になって思うことですが。

最初は少しだったそのずれは、少しづつ大きくなりました。

そういう「気」や「心」は、やはり「体」と大きく関係しているようで、そのうち僕は体調まで崩しやすくなってきました。

「これはいよいよヤバイな」と思いました。


その時に思ったのが

「体に帰りたい。なんとかして俺は、俺の体に一度還らなくては」

というような、まあ、訳の分からないことです。

そこから連想ゲームのように、かつて聞いた言葉がよみがえってきました。

「皮膚から下だけが自分の財産だ」

僕の学んだ専門学校に「体操」という授業がありました。

上の言葉はその体操の先生がおっしゃっていた言葉です。

野口体操 マッサージから始める (ちくま文庫)

野口体操 マッサージから始める (ちくま文庫)

この本を手に取り、久しぶりに野口体操を実践すると、少しづつですが、なんというか、自分本来の感覚のようなものが帰ってくる感じがありました。

「いつでも風邪引いてやるぜ!」と言いたげだった硬くこわばった背中(僕の最近の風邪はいつも背中の悪寒からでした)が柔らかくなり、常に感じていた寒気も消えていきました。



今になって「あのままいってたら俺どうなってたんだろう・・?」とちょっと怖くなります。

野口体操を習っていてよかった、自分の中に、体に帰るきっかけがあって良かった、と思いました。


もう同じ轍は踏まないようにしたいです。



最後に僕が今欲しい本を

女優 若尾文子

女優 若尾文子

美しいです。



ではまた。




あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。


31日に帰省し、家族で夕食を食べました。

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ほぼ毎年、年越しは地元の友人たちと過ごしているのですが、今年はなんだか、家で過ごしたくなりまして

家でそばを茹で

家でそばを食い

家でそば湯を飲み

家で紅白を観ながら過ごしました。


「年越しの前に風呂でも入るか」

と23時過ぎに風呂に入り、出てみると妹が

「もう年越したよ」

と。


なんとものんびりした年越しでした。


「いっそのこと早く寝ちまおう」

と、これまた例年に無く2時前に就寝しました。


8時ごろ起きると、父が散歩がてら近所に初詣に行くところ。

「一緒に行こう!」

と、またまた例年に無く父と二人初詣に。

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神社に向かう父。

朝に行く初詣は非常に清々しいものでした。


三箇日は兄と凧を揚げに小学校に行ったり
(風が強くて凧がすぐに揚がってしまい興ざめでした)

次の日に母と妹と凧を揚げに行ったり
(風が強すぎて凧糸と本体をつなぐ部分が修復不可能に千切れてしまい興ざめでした)


しました。



東京に戻り、改めて何処か「江戸っぽい」神社、お寺へお参りしようと思いました。

僕がかねてから行きたいと思っていたのは

「平井の聖天様」と「柳島の妙見様」です。

どちらも落語「中村仲蔵」に出てくる寺社です。

平井の聖天様、燈明寺は中村仲蔵の両親が夫婦で信仰をしていたお寺です。

夫婦は子宝に恵まれず「どうかして、子供が欲しい」と、母親が家から燈明寺へお願いに行く途中、中川の渡しで孤児である仲蔵に出会ったとされています。

この「平井の聖天様」に行こうかとも思ったのですが、この聖天様はいい加減なお願いをしたり、お参りを怠ったりするとかえって災いがあるという少し怖い神様でもあるので、今回は敬遠しました。

ちなみに、僕は三遊亭圓生の「中村仲蔵」を聞いているのですが、この聖天様がどこにあるのかさっぱり分かりませんでした。

どう聞いても「平井」を「しらい」と言っているからです。

「どこだよ白井ってー。そんな地名ねーよ」と思っていました。江戸の言葉は難しいですね。


もう一つの「柳島の妙見様」。

名題(一人前の役者)になった仲蔵が「仮名手本忠臣蔵」を上演するとなった時、与えられた役が本来下回りの役者が演じる「斧定九郎」という役、一役だけでした。

観た客が「これぞ仲蔵の定九郎」だと思ってもらうにはどうしよう?と悩んだ末

「これはもう神仏に頼るほかない」

と出かけていったお寺です。

この帰り道、雨が降って駆け込んだ蕎麦屋で、これまた駆け込んできた破れ傘の浪人風の男に出会い

「これだ!役の工夫がついた!これぞ定九郎だ。」

と、その浪人風の男の衣装、仕草を参考に役を作り、大成功を収めた、という

役者にとっては大変ご利益のありそうなお寺です。


この柳島の妙見様、法性寺に行くことにしました。

浅草から(あえて浅草寺には行かず)これも落語「文七元結」の舞台、吾妻橋、本所を通り過ぎ、スカイツリーを仰ぎ見て

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お目当ての法性寺に。

二つの川がT字になったその角、江戸時代には風光明媚な場所として広重や北斎にも描かれた、お寺です。

(北斎が信仰していた寺としても有名だそうです。)


三箇日を過ぎたばかりにも関わらず、参拝する人はまばらで少し寂しい思いでした。

諸事情あって、今はマンションの1、2階部分がお寺になっています。

しかし本堂はしっかりとした、また穏やかな佇まいでした。

人の少ない分、しっかりとお参りすることが出来てよかったです。

2階部分はギャラリーとして北斎などの絵が並んでいました。

案内してくださったお寺の方もとても親切で、こちらの質問にも丁寧に答えてくださったり、お寺に関する小冊子、新聞記事など色々な資料も下さいました。


お参りを果たし、浅草方面へ帰る途中スカイツリーへ寄りますと、あまりの人の多さに驚きました。

浅草寺とスカイツリーの人の賑わいの中にいると、不思議と妙見様のあのひっそりとした佇まいが思い出されます。

っていうか、なんかこう、妙見様の肩をもちたくなっちゃいますね。

「ここにも古くからの江戸の名所があったんだぜ!っていうかあるんだぜ!」

って。




随分長くなってしまいました。

こんなブログですがこれからも谷戸亮太本人共々どうかご贔屓に。

ではまた

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