2011年05月


友達から勧められた「哀しい予感」に引き続き、よしもとばななさんの「デッドエンドの思い出」をお借りして読みました。

僕が言うまでもないことですが、ホントすごい作家さんだと思います。

幽霊的なモノが登場する作品がいくつかありますが、読んでる途中、ホントに怖くなることがあります(でも全然怖い話じゃないんです)。

怖くならないだろうってことはなんとなくわかっているのに、読んでるうちに、目には見えない、異界の扉が空いたようなこころもちになります。

実はその異界の扉は幽霊的なモノが出る作品に限らず、すべての作品にあるような気がします。夢やトラウマ、その他色々に形を変えて。

たぶん彼女は作品を書いているとき、精神的にとても深い処にいるのだろうとおもいます。

その場所が深ければ深いほど、日本だとかアジアだとかをこえて、世界中の人々の意識に普遍的に訴えかける力をもつ「ものがたり」が生まれるのだろうなと思いました。

他の作品も読んでみようと思います。

ではまたー


矢野誠一さんの「藝人という生き方そして、死に方」という本を読みました。

タイトルにもあるように、色んな人の生き方、そして死に方をまとめたものです。

僕の知らない喜劇役者、落語家が多数(というよりほとんど)いました。

皆さんに共通してることだと僕が思ったのは、みんな、命を燃やしているということです。

使い古されているような表現ですが、花も木も動物も星も、自分が「美しいか」とか「幸せか」とか「自分らしくあるか」なんて考えていないと思います。

ただ、やってるんです。

なんだか、この本を読んでそんなことを思いました。

僕も、できるだけ、ただ、やりたい、と思いました。



同じ方が書いた、「三遊亭圓朝の明治」


三遊亭円朝の明治 (文春新書)
三遊亭円朝の明治 (文春新書)

こちらも面白かったです。

猪瀬直樹さんの「ピカレスク-太宰治伝-」のように、三遊亭圓朝をちょっとだけ穿った見方で書いていて

「なるほど、こういう見方もできなくはないな。」

と、新たな面が発見できる所が魅力だと思いました。




ところで、ぼくが藝人と言われてぱっと思いつくのは

三遊亭圓朝

六代目三遊亭圓生

初代中村仲蔵

八代目市川雷蔵

等々なのですが、

考えてみると各々に似通った点が見受けられます。


出生がちょっと複雑だったり

幼少期(少年期)に、後の本業になること以外の事をしていたり


なんとなく四人とも似たような子供だったのでは、と思えてなりません。

あとはみんな(あくまで僕の印象ですが)品の良さそうな、おとなしそうな顔の下になにかとんでもない、それこそ「業」のようなものが潜んでいて、それが多くの人を惹きつけた秘密なのではないかと思います。


そんな「業」を背負った藝人が、僕は好きです。


考えが及ばなかった、ということはよくあります。

それによって失敗してしまうことも。

とても残念なことですが、でも、ある意味では仕方のないことだと思うのです。

反省し、同じことを繰り返さないようにするしかありません。


もっと危険だと思うことは、思考停止です。

考えることをやめてしまうと、なんだか自分で無くなるような気がします。

今いる自分が、別に自分でなくてもいいような気がしてしまいます。

(もちろん考えを放り出したり、やーめたってしてみたり、一度寝かしてみたり、つらくなって逃げ出したりすることもよくありますが・・・)

嬉しい事はもちろんですが、そうでない時も、

自分の目の前で起きていること、自分の心のうちに起こっていることにしっかり向き合っていたいと思います。


ではまた

ヤトです。

特筆する事項もなく、日々過ごしております。

とは言いましても皆様に伝えるほどの事は特に無いということでして、個人的にはそれなりに真剣に生きております。


 明日から数日、帰省しようと思います。

お正月にも帰りましたので、たかだか5ヶ月振りです。

過去にはもっと帰らなかった時期(それでも一年位ですが)もあるのに、僕は今自分の家が懐かしくてたまりません。

東京に来て10年近く経ちましたが、こんな思いは初めてかもしれません。

色々な事があり、僕自身の何かが変化し、こんな思いを抱くようになったのだと思います。

ただ、色々ってなんだ、と誰かにもし聞かれても、僕にもよくわからないので困ったものです。

わかることは、時間が経って変わることもあるし、時間が経って変わらないこともあるということ。

そしてそれは、時間が経ってみないとまったくわからない、ということです。


 皆様が素敵な休日を過ごされる事を個人的に祈っております。

ではまた

↑このページのトップヘ